【男子競輪】強くてカッコいい競輪選手「村上義弘」の強さの秘訣を徹底解明!

 

氏名(カタカナ) 村上義弘(ムラカミ ヨシヒロ)
ニックネーム よしひろ
生年月日 1974年07月06日
出身地 京都府
ホームバンク 向日町競輪場
血液型 O型
身長 170.0㎝
体重 75.0㎏
好きな食べ物 おばんざい、カレー
嫌いな食べ物
モットー 情熱
好きな女性のタイプ
師匠
練習仲間 向日町競輪場メンバー

競輪選手で一番情熱的な熱い選手だ!

1,村上義弘のデビューレース

1994年の4月9日の小倉競輪でデビュー。

デビュー戦は8着。最終日に1着初勝利を飾っている。

当時はB級制。同月の岸和田競輪場で初優勝を挙げている。

当時のレースデータがないため、どんなレースを繰り広げているかの詳細は競輪新聞のみでしか確認できない。

翌年の95年にS級3班に昇格しているぞ!

2,村上義弘のグレードレース優勝レース

2016年12月30日立川競輪でKEIRINグランプリを優勝している。

直前の11月末に行われた競輪祭を優勝し、グランプ出場を決めた平原康多がそのまま優勝候補筆頭。

対抗は競輪祭でラインを組み、ワンツーに成功した武田豊樹で再度グランプリでもワンツーを狙いにいく。

その牙城を崩せるのは新田祐大のスピードくらいか。村上義弘岩津裕介稲垣裕之と3車で結託し勝負に挑む。

3車は前に構えて別線を迎え打つ形に。平原康多が第2コーナー付近から縦に踏んでくるが、番手の村上義弘が捌きながら、合わせて縦に踏んでいく。

外から平原康多の番手武田豊樹が伸びてくるが、村上義弘に軍配が上がる。3着は浅井康太という結果に。

稲垣裕之のバトンタッチから平原康多の競りを撥ね退けたときは熱いものを感じたよ…!

「村上義弘」選手のデビュー前の話

1,「村上義弘」の競輪学校時代のマル秘エピソード

技能で合格している。競争訓練1着36回・2着20回・3着11回で16位とまずまずの成績。

卒業記念レースでは5着・7着・8着・1着・2着というなんとも言えない結果に。

元々自転車競技をしていただけに、未経験から入ってきた選手にタイムを越されたときはショックを受けたという。

特に師匠はいないようだが、このころから練習も熱血漢だったようだ!

2,「村上義弘」の幼少期は?

父が競輪ファンだった影響もあり、幼い頃から競輪場へ足を運んで観戦していた。

その時から競輪選手を志すようになっており、特に先行選手の滝澤正光に憧れていた。

自転車競技を始めたのは高校生からで、国体や都道府県対抗で優勝するなど、当時から目立った活躍をしていた。

その時に山本真矢から松本整と出会い、バンク練習するも早すぎてついて行くのもやっとだった。

30歳ながらここまで早いのかと驚愕したと語っている。

松本整との出会いは村上義弘の競輪人生の重要なターニングポイントだな!

3,「村上義弘」のプライベートに迫る!

オフの日でも競輪第一に考えているという。

気分転換の一つがサイクリングと、常に自転車に触れている。

根っからの自転車好きで、海外ブランドの自転車がたくさん自宅にある。

また内林久徳や京都の競輪選手たちと自転車競技チームBIRICHINO(ビリキーノ)でロードレース大会に出場したりもしていた。

すでに引退した市田佳寿浩とは特別な絆があると語っており、村上兄弟は3兄弟で、義弘、佳寿浩、博幸の3兄弟とか表現している。

食事管理にも気を使っており、油物は基本控えているという。その反動で爆食いすることもあるらしいが、それが人間らしい部分だろう。

激情家で競輪に対して選手の中で一番感情を表に出す選手だ!
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