【男子競輪】強くてカッコいい競輪選手「神山雄一郎」の強さの秘訣を徹底解明!

 

氏名(カタカナ) 神山雄一郎(カミヤマ ユウイチロウ)
ニックネーム ゆういちろう、捲り狼、太モモ四輪駆動、栃木のヘラクレス
生年月日 1968年04月07日
出身地 栃木県
ホームバンク 宇都宮競輪場
血液型 B型
身長 180.0㎝
体重 87.0㎏
好きな食べ物 果物、寿司、焼肉
嫌いな食べ物 なし
モットー
好きな女性のタイプ
師匠 荒川 博之
練習仲間 山口貴弘大橋徹黒田充、桑木道場

競輪界のレジェンド選手!生きる伝説と呼ばれる超大御所選手だ!

1,神山雄一郎のデビューレース

1988年の花月園競輪でデビューしている。

デビュー戦で完全優勝しているぞ。

当時のレースデータは新聞でしか確認できないのが残念だ。

デビューから伝説は始まっていたんだな!

2,神山雄一郎のグレードレース優勝レース

2005年9月15日名古屋競輪G1オールスター競輪で優勝している。

今レースで1番好調で来ていたのは吉岡稔真で、2日目・3日目と鋭い捲りを見せていた。

直近の地元G3で惜しくも2着ではあったが、競争得点が1番高い佐藤慎太郎が安定に人気だ。

G2ふるさとダービー豊橋で4着だった金子貴志の先行力にも注目だ。神山雄一郎は2場所連続で失格になっており気をつけたいところ。

結果は金子貴志が逃げ切るかに思えたが、神山雄一郎が差し切り1着。3着は佐藤慎太郎と3連単オッズが100倍を超えるレースとなった。

意外にもグランプリ優勝はしたことないようだ!オールスター競輪は最多優勝選手でもあるぞ!

「神山雄一郎」選手のデビュー前の話

1,「神山雄一郎」の競輪学校時代のマル秘エピソード

高校時代の実績を加味され、小論文と面接・学科試験のみの優遇措置を受けている。

競争訓練では1着110回・2着7回・3着3回で1位と桁違いの強さを学校時代から出していた。

着外は1回のみだが、失格での着外でこのレースも1着だったという。卒業記念レースでは完全優勝を果たしておりまさに最強のルーキーとして期待されていた。

会長特別賞を受賞している。

1着回数が桁違いすぎる…凄まじいポテンシャルを持っていたんだな!

2,「神山雄一郎」の幼少期は?

自転車店の子供として産まれた神山雄一郎。父親が熱心なサイクリング愛好家だった。

産まれたときから自転車と触れていたため自転車に興味を持ったのは必然と言える。父親と一緒によくサイクリングをしていた。

そのせいか運動神経は抜群に良く、小学生時代に片道50km近い距離を往復する休日を送っていた。

長野県から岐阜県まで野宿して1日200km走破することもあったという。

その時なんと小学生。しかも自分で自転車の整備までしちゃうほど自転車好きであった。

中学では剣道部で剣道に打ち込み、県大会3位東北大会ベスト16という成績を出すも、納得できず自転車競技に専念する。

作新学院が自転車競技部があったため入学したが、自宅から学校まで約40km放れていたが鍛錬と称して毎日通っていた。通学時間約1時間。

高校3年の時1000mタイムトライアルで1分6秒をたたき出し、インターハイと国民体育大会を優勝する。

卒業後の進路に悩み、1988年のソウルオリンピックかアマチュア選手となるか選択を迫られ迷う神山雄一郎に父親は立川競輪開催のKEIRINグランプリを観戦しその魅力に憧れて競輪選手へ転向する。

自転車競技部の実績から1次試験を免除、学科試験と面接と小論文の試験で入学している。

前述した通り、競輪学校では無類の強さを誇り1位で卒業。

この当時を神山雄一郎は『学校を出るまで本当に苦労してないんです。』と語っている。

苦労??毎日往復40km以上走破してることを、苦労とは思わないのも彼の温和な性格なんだろうが凄まじすぎて誰も真似できないぞ!

3,「神山雄一郎」のプライベートに迫る!

趣味は自転車整備と常に自転車と共に生活している。

自転車店で育ったためいまだに自転車をいじることが落ち着くそうだ。それがレジェンドであり続けているルーティーンの可能性は十分にある。

映画・DVD・テレビ鑑賞と動画を見ることが休日の過ごし方だ。お笑い番組が好きで良くバラエティなどをみるという。

張り詰めた雰囲気で行う競輪以外では緩い気分になりたいのだろう。

厳しい面と優しい面もあって後輩にはいまでも大人気の選手だ!
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