【ガールズ名鑑♀】美人かわいい競輪選手「田仲敦子」を丸裸!

 

氏名(カタカナ) 田仲敦子(タナカ アツコ)
ニックネーム テッシー、あっちゃん、あつ姉
生年月日 1984年10月21日
出身地 熊本県
ホームバンク 熊本競輪場
血液型 AB型
身長 168.0㎝
体重 52.0㎏
太もも 53.5cm
モットー 大器晩成
好きな食べ物 果物
嫌いな食べ物 レバー、ホルモン
好きな男性のタイプ
師匠 西島聡一(ニシジマ ソウイチ)
練習仲間 熊本選手会

104期のガールズケイリン古参選手だ!ヘルニアの影響があって欠場が続いているのが心配だ!

【ガールズ名鑑♀】美人かわいい競輪選手「田仲敦子」のデビューレース&初勝利レース

1,田仲敦子のデビューレース

2013年5月11日松戸競輪F1メダリストプランニング杯7RのA級戦でデビュー。

当時はまだ結婚前なので旧姓の手柴敦子の名前で出走していた。同期の石井貴子小坂知子三宅愛梨もデビュー戦で負けられない戦いとなった。

結果は1着浦部郁里、2着中川諒子と先輩レーサーに軍配が上がった。

田仲敦子は7着に沈んだ。下からのスタートとなってしまったので、後は上の順位に向かって走り出すだけだ。

デビュー序盤で勝てるってわけじゃないし、次につなげられればいいと思うぞ!

2,田仲敦子の初勝利レース

デビューから4か月後の9月9日豊橋競輪F2最終日5RのA級戦で初勝利を挙げている。

シーズンの初日は5着。2日目は4着と勝ちきれないレースが続いていた。

迎えた最終日、競争得点が50点代を超える選手は山口菜津子のみだったため、誰にもチャンスがあるレースになる予想だった。

結果は捲り切って独走の1着。3連単オッズは300倍を超える荒れたレースとなった。

今じゃ飯塚朋子と藤原亜衣里と野口諭実可しか残ってないのが年月を感じる!

「田仲敦子」選手のデビュー前の話

【ガールズ名鑑♀】美人かわいい競輪選手「田仲敦子」の競輪学校時代から幼少期まで、プライベートも含めたマル秘エピソード

1,「田仲敦子」の競輪学校時代のマル秘エピソード

訓練競走3着回数15回、着外46回で16位と良くはない成績に。競走訓練でも中位の結果に終わってしまった。

入校前にぎっくり腰を起こした影響で度々痛みが発症していた。その度に練習ができない焦りはあったようだ。

寮で1人泣いていた時もあったという。それでも痛みと向き合いながらトレーニングを重ね卒業。彼女のメンタル面での強さが窺える。

102期の試験に落ちているのもあって、絶対にデビューしてやるっていう意気込みを感じるぞ!

2,「田仲敦子」の幼少期の可愛い話

バスケットボール・水泳・スピードスケートなど様々なジャンルのスポーツをしていた。

特に中学の時はスピードスケートのショートトラックで国民体育大会に出場している。

大学に入ってから自転車競技部に所属。全日本大学対抗選手権自転車競技大会(インカレ)の4年生の時には全国3位になるほどに成長していた。

その後高校教員をしながら自転車競技部に指導をしていた。

そんなある日ガールズケイリンの話が耳に入り1度挑戦しようと入校を決意する。

だが102期の試験は不合格となってしまい、改めて師匠を探し現在の西島聡一に師事することに、104期の試験は念願叶い合格。

志望動機も「トップアスリートへの憧れ」だと語っているし、やはりスポーツウーマンだったんだな!

3,「田仲敦子」のプライベートを赤裸々告白

ニックネームは名前からテッシー・あっちゃん・あつ姉など様々な呼び方をされている。

教職員だったこともアリ教えるのは得意なようだ。

動物はあまり得意ではないようで、「自分を動物にい例えるなら?」といったよくある質問には「動物は得意ではないです…」と回答している。

2015年に結婚しており、手柴敦子から田仲敦子へ名義変更している。

現在、ヘルニアの影響もあって長期病気欠場している。

公私ともに充実しているようだ、腰のヘルニアだけは何とか治って欲しいよな!
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