氏名(カタカナ) | 宮地寧々(ミヤジ ネネ) |
ニックネーム | ねねちゃん、ねねち |
生年月日 | 1995年07月16日 |
出身地 | 岐阜県 |
ホームバンク | 岐阜競輪場 |
血液型 | A型 |
身長 | 156.1㎝ |
体重 | 64.1㎏ |
太もも | 61.1㎝ |
モットー | 迷ったらきつい道を選ぶ |
好きな食べ物 | バウムクーヘン |
嫌いな食べ物 | メロン |
好きな男性のタイプ | - |
師匠 | 藤原誠(フジワラ マコト) |
練習仲間 | 藤原誠、松尾淳、不破将登、藤井準也 |
目次
「宮地寧々」選手のデビューレース&初勝利レース
1,宮地寧々のデビューレース
2016年7月10日大垣競輪F2の7Rガールズ予選1でデビュー。同期だが宮地寧々より早くデビューしている坂本咲や優勝候補筆頭の石井寛子も出走している。
レースは正攻法で挑む。2番手の石井寛子との車間が空いたままでホームを迎えたのでもしかしたらと期待もあったが、簡単にはデビュー初勝利とはならず石井寛子に捲りをかまされる。
結果は6着と競輪の難しさを体感した良い機会だっただろう。
2,宮地寧々の初勝利レース
初勝利はデビュー年内ギリギリの12月21日千葉競輪サンスポ杯F1ジャパンカップ5Rガールズ一般で初勝利を挙げている。
デビュー年は徐々に先行力が上がってきていたので、年内には結果を残しておきたいところだった。
初日は逃げ切りを図るが簡単に増茂るるこに捲られ7着。2日目は捲りを仕掛けるが抜けきれず6着で迎えた最終日。
好調の蓑田真璃がいるレースだったが第2コーナー付近から逃げを図り見事1着。主導権を握っての好レースだった。
「宮地寧々」選手のデビュー前の話
1,「宮地寧々」の競輪学校時代のマル秘エピソード
着外58回と勝てない日々が続いていたため順位も21位と良くない結果だ。
しかし卒業記念レースでは1着も1度獲るなど一発あることは否めない結果で卒業している。
中速からのダッシュが苦手で流れに載せてスピードを上げるのに苦労したそうだ。
自転車競技未経験だったため慣れるところからのスタートだったが、少しづつ成長してきた印象だ。
2,「宮地寧々」の幼少期の可愛い話
父親の影響で小学生から柔道をやっていた宮地寧々。高校時代には全国大会ではベスト16に入るなど日本トップクラスの実力を持っていた。
学生の頃から体格には恵まれていたのだろう。その生まれ持ったポテンシャルを活かしてほしい。
男子柔道と一緒に練習をしていたので、勝てないのは当たり前だが、更衣室で隠れて泣いていたようで、性格は負けず嫌い。
母親に指摘されて負けず嫌いだと自覚するほど鈍感だと語っている。
競輪との出会いは高校生当時、大学進学は決まっていて、大学でも柔道を続けるつもりだったが、
岐阜のお祭りの競輪コーナーで初めてピストに乗り、最高値の記録に一歩届かなかった。その時もらった記念品の競輪タオルを愛用している。
そのことが忘れられず、ガールズサマーキャンプに参加し本格的に自転車に乗ることに、ドーム練習の時にいつかここで走りたいと強く思うようになる。その後とんとん拍子で競輪学校への入学を決めていった。
3,「宮地寧々」のプライベートを赤裸々告白
ガールズケイリンをPR活動中をTVで放送されるなどファンからの人気の高い宮地寧々。
サンリオやディズニーなどのキャラクターグッズに目がないご様子。実家では猫も飼っている。
オフの日には家族と過ごすようにしている。妹には気分転換できるよう外に連れ出してくれたり、母には栄養管理をしてもらうなど家族との交流も手厚い。父からは競輪だけでなく社会人としてのアドバイスももらえるという。